鹿児島県霧島市にある企業主導型保育園「ひより保育園」さま。

ひより保育園が大切にしているのは、「食育活動」を通じて“生きる力”を育む保育です。
子どもたちは、食に関わる一連の体験を通して、自ら考え、工夫し、行動する力を身につけていきます。
子どもたちが包丁を持ち、火を使って料理をつくることも、ひより保育園では日常茶飯事。
保育士さんや栄養士さんは調理器具や食材の扱い方をひととおり教えますが、必要以上に手を貸すことはありません。子どもたちの「やってみたい」「挑戦したい」という気持ちを尊重し、安全に配慮しながら、成功も失敗も静かに見守ります。
「自分でできた」と実感できる環境が、ひより保育園にはあるのです。

代表の古川理沙さん(以下、ふるかわさん)と園長の白水純平さん(以下、しらみずさん)は、お二人とも「ひより保育園」が初めての保育事業でした。
”ゼロからのスタート”だったからこそできた、「子どもも大人も、食べること・生きることに向き合う」という独自の姿勢。
いまや全国に広がりを見せており、ひより保育園をルーツに持つ保育園が次々に誕生しています。
代表の細尾は、「ひより保育園」さまの立ち上げに、デザインの面から関わらせていただきました。
ロゴ、web制作、名刺や園内のサインに至るまで、園づくり全体に関わるデザイン(いわゆる、ブランディングデザインです)を提供しております。
今回は、「ひより保育園」さまとともにつくり上げたさまざまなデザイン制作の舞台裏や、実際に行ったブランディングデザインがどのように機能しているのかなど、デザインの「その後」もお届け。
今回はオンライン上でお話の機会をいただき、たっぷりと語り合っていただきました。
言葉で伝わりきらない雰囲気を、デザインで伝えたい
–––––– 鹿児島県と、遠い場所からのご依頼でしたが、元々細尾とは繋がりがあったのでしょうか?
【ふるかわさん】
辻本珈琲さんで開催されていた、プロによるカメラ講座がきっかけでした。
そちらで配られていた、スピッカートさん法人化記念のたわしのパッケージに心を惹かれて。共通の知人である辻本さんにお声がけし、細尾さんと繋げていただきました。
【細尾(デザイナー)】
「なぜたわしなのか?」と疑問に思われるかもしれませんが… これは、連想から生まれたものですね。
「法人化」をデザインの視点で捉えようとしたとき、思い浮かんだのが「ブラッシュアップ(Brush Up)」という言葉でした。そこから「ブラシ(brush)」、さらに「たわし」へと発想がつながり、このアイデアに至っています。お付き合いのあったたわし屋さんとご相談し、実現しました。
–––––– デザインを依頼された背景を教えてください。
【しらみずさん】
僕たちはこれまで保育園を運営した経験がなく、まったくの素人でした。
ですので、まずは「私たちが大切にしたい保育のあり方は何か?」「小学校に入る前の子どもたちに、どんな経験をしてほしいのか?」といった園のコンセプトを、ふるかわと一緒に丁寧に組み立てていくところから始めました。
ただその一方で、「保護者の方々や、ここで働くスタッフに、自分たちの価値観や園の雰囲気をどう伝えるか」という点については、言葉だけではどうしても伝えきれない部分があると感じていて。
そこで、“ビジュアル”の面から保育園を設計していくことも必要だと考えたんです。
「ひより保育園」の人々の温かさを、そのままビジュアルに
–––––– 最初に取り掛かったロゴのデザインは、どのように進めましたか?
【細尾(デザイナー)】
ロゴなど、その事業の屋号になるようなデザインの場合、どのようなゴールを目指すのか、一緒に考えさせていただくことが多いです。ですが、「ひより保育園」さんの場合、ヒアリングの段階から、大切にしたい価値観、根幹の部分をすごく強く持っていらっしゃいました。
となれば、自分がやるべきことは、この想いをすなおに、ビジュアルに起こすということ。お二人の強い気持ちに呼応するようなデザインがあれば、この想いはより広く伝わっていくと確信していました。
最初にいただいた事業計画書が、本当に素晴らしいもので。感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
【ふるかわさん】
ほっそん(※細尾)、ずっと褒めてくれていたよね。(笑)
【細尾(デザイナー)】
いやあ、本当にすごかったです。
実現したいビジョンに対しての具体的なアクションまで、細やかに記載されていましたから。

ロゴのデザイン案は2つ提案させていただき、ご採用いただいたのがこちらの案です。
漢字の「人」という文字を「hiyori hoikuen」が下から支え育むイメージのデザインです。 英文、和文とも、子どもが一生懸命に書いた文字のようでありながら、カフェのようなカジュアルさのある雰囲気を目指しました。むじゃきで無作為な雰囲気を出すために、きき手ではない左手でビジュアルを起こしています。
【しらみずさん】
漢字の「人」の部分は、家の屋根のようにも見えますよね。ひとつ屋根の下で、子どもも大人も、お互いを尊重しながら暮らしをともにする。「子どもたちの、『親友』でありたい。」という園のコンセプトにもぴったりだと思います。
最後の「n」がはみ出しているのも、さまざまな個性を尊重する園でありたいという想いが、自然とビジュアルから伝わってきます。
–––––– その後のサイト制作については、どのような要望を出されたのでしょうか。
【ふるかわさん】
そうですね。サイト制作にあたっては、まず、いわゆる「大人が思う“こどもらしさ”を押しつけたようなデザイン」にはしたくない、ということをお伝えしました。
先ほども出ましたが、園のコンセプトは、「子どもたちの、『親友』でありたい。」
それは、子どもを必ずしも“守られるべき存在”として扱うのではなく、1人の対等な人間として向き合いたいという想いから生まれたものです。
ですから、子どもと私たちを取り巻く環境自体も、双方が心地よいと思えるものでなければなりません。そういった想いをサイトのデザインにも反映してほしいと思っていました。

ひより保育園をつくるときは、すでに園舎の外装ができあがっている状態からのスタートでした。 建物の外装が自分の好みとしてはあまり使ってこなかった色(ピンク)で、「かわいらしい方向に寄りすぎないか」と少し不安もありました。 ステレオタイプ的な”子どもらしさ”にまとめたくないと思っていたのですが……
細尾さんの最初の提案のひと言が「ピンクに向き合いましょう」だったんですよ(笑)。
「ええっ!」と驚きましたが、仕上がったサイトを見て、本当に感動しました。
ステレオタイプな“子どもらしさ”はまったくないのに、誰が見ても「子どものための場所」だと伝わってくる。思わずため息が出てしまいました。
【細尾(デザイナー)】
ひより保育園さんの取り組みには、どんな小さな行動にもちゃんと裏付けがあって、信頼できる、嘘のないものだと肌で感じることができます。
だからこそ、ピンクの外壁をサイトでまったく使わないというのは、なんだか“嘘をついている”ような感覚がしてしまって。
思い切ってピンクという色と向き合うことにしようと決めました。
ヒアリングの段階で「部屋一面に大きな黒板を作りたい」というお話を伺っていたので、黒板のグレーがかった紺色から着想を得つつ、ピンクが馴染むように色調やデザインを整えていきました。


–––––– 出来上がったデザインは、どのように機能しましたか。
【しらみずさん】
建物も実績もまだ何もない状態での募集において、保護者の方や保育士さんに「完成されたイメージ」として唯一お見せできたのが、ロゴや名刺でした。
完成されたものは少なかったけれど、その二つには私たちの想いがぎゅっと詰め込まれています。
だからこそ、それ自体が信頼を築くコミュニケーションツールとして、しっかりと機能してくれたのだと思います。
たとえば、「なぜすべての文字が小文字なのか?」「名刺に描かれているイラストは、なぜ体操服なのか?」といった具合に、自然と質問をしていただけるんです。生まれた会話のきっかけから、自分たちの理念や価値観を、無理なく伝えていくことができました。
また、当時は地域のお祭りやマルシェなど「来てほしい層がいそうな場所」に足を運び、ワークショップやおやつの販売をしながら、その横で説明会を開いて認知を広げていました。
その中で、一見して保育園とはわからないような、少しカジュアルな雰囲気のロゴが、いい意味での“ふるい”のような役割を果たしてくれていたように思います。
【ふるかわさん】
サイトについては、わかりやすい情報設計も大きな魅力のひとつだと思っています。
欲しい情報にすぐ辿り着けるのはもちろんのこと、純平(しらみずさん)が講演会などで話しているときの、言葉のスピード感や、トーン、距離の取り方みたいなものが、サイトの中にもちゃんと反映されているように感じるんです。
このくらいのテンポで読んでほしい、という想定があったとしたら、まさにそのテンポで自然に読める構成になっていて。
情報を伝えるだけじゃなくて、“どう伝えるか”の部分まで丁寧に設計されているなと思います。
ひより保育園の認知が広まり生まれた、新たな試み
【しらみずさん】
ありがたいことに僕たちの取り組みが全国に広がり、講演会などにも呼んでいただけるようにもなって。そのなかで「伝えていくこと」の大切さを、ひしひしと感じ始めていました。
僕たちが積み上げてきたカリキュラムや価値観を、ここだけにとどめておくのはもったいない。そう思い、制作したのがレシピ本「小学校にあがるまで に身に付けたい お料理の基本」です。 ありがたいことに、グッドデザイン賞の〈金賞〉をいただくことができました。

【ふるかわさん】
このレシピ本には、「外への発信」だけではなく、「内に向けての発信」という意味合いもありました。
周囲から賞賛の声をいただくことも増えてきましたが、保育士たちは日々、保護者の方の大切な命を預かる仕事をしているわけですから、「これで本当に大丈夫かな……」と悩む場面の方が、圧倒的に多くて。
だからこそ、この本をつくることで、「私たちがやっていることは間違ってないんだよ」と、自分たちがやっていることの素晴らしさを再認識できるような、そんな一冊にしたいという想いがありました。
レシピ本を制作する際のLINEのグループ名にも「グッドデザイン賞 金賞」とつけていたり(笑)。最初は冗談のように話していたんですけど…本当に受賞できて、うれしかったですね。
【細尾(デザイナー)】
僕は、このレシピ本ではグラフィックデザイナーのような役割で、ふるかわさんや皆さんが練り上げたアイデアや素材を駆使して、構成を決めました。少し料理のような感覚に近かったかもしれません。
当時は、ふるかわさん、門田さん(副園長)、そして実働されている職員の方々が中心となり、本業に加えて編集作業も担っていたため、なかなか思うように進行しない場面も多くありました。
また、大阪から鹿児島と物理的な距離があったことで、細かなサポートができなかったことを、とても歯がゆく感じていたのを覚えています。
スピッカートができるブランディングデザインって?
–––––– 今回、細尾(デザイナー)と仕事をしてみていかがでしたか?
【しらみずさん】
細尾さんは、つくってただ終わり、というんじゃなく、伴走してくれている感覚があり、心強さみたいなものが生まれていたと思います。
だから、少し間があいてレシピ本をつくろうとなった時も、細尾さんは本を制作した経験はないとお聞きしていたのですが、迷わずお願いしました。
【ふるかわさん】
今の時代、”それっぽい”デザインをつくろうと思えばたくさんつくれてしまいますよね。だけど、自分が見えている範囲でのものしか出力されないから、期待以上のものはどうしても生まれない。
そんな時代だからこそ、信頼できるデザイナーとの出会いは貴重です。
私たちの企画書が第三者の視点で新しく解釈され、これまで思いもよらなかった切り口やアイデアが提示される。そこにコストをかけるだけの価値は十分にあると思います。
–––––– スピッカートが提供できるブランディングデザインとは、どのようなものでしょうか。
【細尾(デザイナー)】
ぼくが思うのは、中身と釣り合っていないデザインでは、効果を見込めないということ。ひより保育園さんのように、土台となるコンセプトがしっかりとあってこそ、その“外側”にあるデザインも意味を持ってくるのだと思います。
だからこそ、その中でデザインにできる役割とは何なのかを考え続けることが大事だと感じています。
最近、「ブランディング」の定義がすごく広いものになっていると感じます。いろいろなものが「ブランディング」と表現される現代において、スピッカートが得意とする「ブランディングデザイン」は、しらみずさんがおっしゃっていた「想いに共感していただけそうな人にだけ、しっかりと情報を届けたい」ということとすごく似ていて。
“とにかく1000人”に広く届けるのではなく、“ゆるぎない3人”にちゃんと届けるためのものなんじゃないか、と思います。

そのようなブランディングを提供するためには、ヒアリングを丁寧に行い、会社の雰囲気はもちろん、その会社とお客さまの間に流れる空気感までをしっかり捉えることが大切です。
まず、情報を見てくれた一人ひとりが、欲しい情報に迷いなく辿り着けること。
そして、大切にしている想いや価値観が、会社の特徴をとらえた細やかなデザインから自然と伝わり、そのブランドの“ファン”を、着実に増やしていく。
それが、私たちスピッカートが提供する「ブランディングデザイン」なのだと思います。
私がこのインタビューを通して感じたのは、事業のビジョンが明確であればあるほど、そこから生まれるデザインもより一層研ぎ澄まされたものになるということです。
たとえ少し遠回りだったとしても、根気強くブランドの根幹を築いていくこと。
それこそが、コミュニケーションツールとしても機能する「よいデザイン」をつくることへの近道になるのかもしれません。
代表のふるかわさんは現在、「新留小学校」の設立に尽力されています。
「学校だけで完結する教育」ではなく、農家さんや職人さん、お店や図書館、自然など。地域のさまざまな人・モノ・場所とつながりながら、子どもたちの学びを育てる“ふつう”の学校づくりを目指しています。
ご興味のある方は、ぜひこちらから詳細をご覧くださいね。
